Category:ヒキ暮らし > 過去編

あの日わしは仕事が休みで
リビングのコタツで寝ていた

父は仕事
母は親戚の世話をしに行っていたため
わしは家に一人で居たところ
地震が来た

わりと凄い音と揺れを感じて目が覚めたが
とにかく疲れていて
とにかく寝ていたかった


リビングには仏壇が置いてあって
「このまま倒れてきたら下敷きになるな…」
と思ったわしは

万が一、仏壇が倒れてきたとしても
潰されない程度の距離を考え
横になったままコタツごと移動して
すぐまた寝た


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この頃の仕事というのが面白い事に
もう何をやっても裏目にしか出ない
負のスパイラルマトリックスってかんじで

震災から2週間ほど後に
ついに体調崩して辞める事になったら
わざわざ本社から偉い人が飛んできた
(普通だったら有り得ん)


わしの担当者の首根っこ掴んで連れてきて
頭下げられめちゃめちゃ謝られて

新しい職場への業務内容や勤務時間など
かなり融通して提案してくれたのだけど

そんなこと考える心の余裕もないぐらい
疲れきってたわしは
申し訳ないがお断りした


ちなみにわしの担当者は
偉い人の横でずっと足組んで
そっぽ向いてムスッとしてた

当時はこんな不甲斐ないわしに
わざわざ車で1時間かけてまで
偉い人が出てきてしまったことに恐縮してて
気付かなかったけど

担当者の神経図太すぎん?

上司が直々に出向いて
てめぇの尻拭こうとしてんだぞ

「お前よくその態度で居られるな!」

って怒られてたじゃねーか
わし逆に止めに入ったぞ
感謝しやがれブス

…なんだか今更イライラしてきた\(^o^)/

話を戻そう


この仕事での苦い経験(?)を元に
自宅療養して英気を養ったら

「わしがやりたかったことってなんなんだろ」

とか色々考え直して
新しい進路のために
地元出ることに決めたのだった


わしの周りでも
環境をガラッと変える人が結構居た

今になって思えば
みんな心のどこかで
震災で色々と思うところあったのかな


今年はなんだかコロナ騒動で大変だし

早く片付いて
平和な世の中になって欲しいもんだわ



つってヒキ暮らしにはコロナ無縁なんだけどね
平和が一番よね







Noriko

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わしは小学生の頃
お菓子クラブに所属していた

運動部とどちらにしようか迷っていたところ
当時好きだった彼が

「お菓子クラブいいじゃん!
作ったやつ俺にちょーだい♪」

と言ってきたことによって決定した
不可抗力というやつだ


バレンタイン作品は
チョコレートケーキだった

2月が始まった頃から楽しみにしててくれて
サッカー部に属していた彼は

「終わるの待ってるからね!」

と言って颯爽とグラウンドに向かって行った

その日はいつもより手順が多かったため
出来上がりが遅くなってしまった


調理室を出て校庭を見に行ったところ
既にサッカー部は終わっていたようだった

めちゃめちゃ寒い日だったし

(さすがに遅くなったなー
まーいいや食いながら帰ろ)

なんて思ってたら

体育館の渡り廊下から彼が現れた

本当に待っててくれたらしい

嬉しいとかよりもびっくりして
とりあえずケーキ渡したら

「ありがとう!」

つって爽やかに走って帰ってく彼を
ボーゼンと見送った


ちなみに彼は地元企業の社長の息子で
育ちも良いが家が別段厳しいわけでもなく

デブでも食い意地張ってたわけでもなきゃ
ケーキなんか普通にいいとこのやつ
買ってもらえそうなもんで

なんでわざわざめちゃめちゃ寒い日に
健康を害するリスクと

待ち伏せが見つかったら
友達に冷やかされるリスクを侵してまで
待っていてくれたのか

不思議で仕方なかった


これが少女漫画のヒロインだったなら

「もしかして彼も私のこと…!?!?」

とかなっても良い事案だが
当時のわしはそんなこと
1ミクロも思わんかったし

今になっても絶対無いと言い切れる
根拠の無い自信がある

ただこの根拠の無い自信が
ヒロイン脳の方に働いていたら
違った世界が見れたかもしれないなと
三十路過ぎた今になってしみじみ思う

女ってそういうことよ



ハッピーバレンタイン☆










Noriko

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冬休みが明けて最初の授業は
担任が何故か毎年必ず開催する

お年玉いくら貰ったか選手権

から始まった

担任が5千円から始めて
1万ずつ徐々に金額を上げていき

生徒のわしらは
自分が貰った金額のところで挙手するシステム


毎年優勝するのは不動の王者Mさんだった

とにかく親戚が多く
正月は一同大集合するらしい

金額が釣り上がるにつれて
挙手している人数も減ってくる

最後まで残るのは必ずMさん

こうなってくるともはや

「今年のMさんのお年玉
いくらだったでShow?」

である

毎年Mさんが優勝することがわかっているので
わしらその他大勢の生徒は
妬み嫉みの感情も何も湧かない

Mさんも毎年更新される金額を自慢するために
挙手し続けているわけでもない

各々ひたすらアホみたいな顔して
時間が過ぎるのを待つのである


マジで何の意味があったのか謎すぎる


担任は何故そうまでして毎年毎年
わしらのお年玉金額を把握したかったのか


今の世の中だったら

お年玉ハラスメントだとか
お年玉格差とかなんとか言って
立派に成立してるぞ


それに学校に頭のおかしい奴が居たら

「Mお前お年玉すげーもらったんだから
俺らに何か買えよ!!」

なんて良いカモにされかねないじゃねーか

わしらの学校が平和だったから良かったものの
とんでもねぇ儀式やらされてたな、と
ふと思い出した







Noriko

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前回の続き



顔を合わせれば
とにかく怒鳴り散らかしてくる母

極力接触しないよう暮らしていたが
あまり意味がなかった


そこでわしは閃いた

関わらないようにしていてもダメならば
いっそのことベタベタ接触してやるのは
どうだろうか?

逆転の発想である



まず母が突撃してきたら
座らせてお茶をいれて持ってきてやった

母が休みの日や
リビングでくつろいでいる時は
わしが突入して近くに居座ってやった

顔を見た瞬間から罵詈雑言が酷い時は
危ないのでもちろんその場を離れる

理不尽なことでキレられても
ド正論で言い返さず受け流す

平和かと思いきや
急に激怒ババアに豹変することもあるが
そんなときは速攻退散した


母がわし以外の何かにキレているときは
オーバーリアクションで話を聞きながら
一緒にその状況にキレる仲間になってやった

話をする時は
幼児教育番組のキャラクターのように
妙に明るい声色を心掛け
敢えて気の抜けた口調で話すことによって
戦意と怒りを削ぐことに成功した


そんな努力が実を結んで

今では顔を合わせると変顔をしてきたり
機嫌が悪いときの八つ当たりも減った


その日あった出来事を報告してきたり

スーパーに行けば
わしの好きそうな物を買ってきてくれたり

わしのドラクエウォークにも
たまについてくるようになった


母は元々頭に血が上りやすい性格だが
加齢により身体も衰えてきたので

昔のようにむやみやたらに
怒鳴り散らかすエネルギーが
無限に湧き出なくなったことも大きい


そんなこんなで最近は
わりと平和に暮らせている

心の健康は身体にも繋がることを
ひしひしと感じだした







Noriko

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☝からちょっと続いてたりする



わしは数年前に身体を壊して
一人暮らししていたが
実家に強制里帰りさせられた

2015年からは例のリンパの件
ほぼ寝たきり生活

奇跡的に体調が良い日のみ
自分の家事を行うだけで精一杯だった


そしてちょうどその頃の母は
長年介護してきた姉が亡くなり
一気に介護疲れが来たせいか
様子がおかしくなって
わしにも父にもとにかく怒鳴り散らしていた

母は昔からなかなかヒステリックだったが
この時は被害妄想も酷く
気が狂ってしまったかのようだった



わしはわしで具合が悪すぎて
心の余裕なんて無い

顔を合わせれば何も無くても怒鳴られるので
なるべく関わらないよう
ひっそり暮らすしかなかった


ところが同じ屋根の下で暮らしていれば
完全に顔を合わせないことは不可能

たまにしか姿を見なくなったので
わしを見付けるやいなや
ここぞとばかりに口撃してくるようになった

どうしろってんだ



次回へ続く





Noriko

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